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今飲んでるビールの缶が空になるまでは書こうと思いました

 

 

思考と感情の乖離。

私は、自分でも自分が何を感じているのかわからない。

正直言って、そんなことに興味もなかったし。

いくつかある思考パターンのうちのどれかが自分なのかとは思わなかった。

はっきりと自覚して、それを作った時を覚えているから。

今でもまだ作ってるし微調整はいつもしてる。

演じるための人格を作る前の自分がどんなだったかは、当時から不思議ではあったけど、覚えていない。思い出もない。

転校から戻ってきた子と親からよく仲良くしてたなんて言われても覚えていないし、とりあえずその時の私で仲良くしておくしかできなかった

 

 

 

知的化。

そう、やたら計算高い。

でもそれで何かしたいことがあるわけじゃなくて、

そういう合理主義な思考パターンがしみついているだけ。

それを追求するのも割と好き。

でもそれで何かしたいわけじゃない。

とりあえずその場を切り抜けることにしか使ってないかな

最近は、自分の気持ちに従うための尻ぬぐいに使うことに決めたところがある

 

 

これってそんなに、理解されにくいものかな

変かなあ

どこからどこまでがちがうんだろうか

それを知って、私はどうするんだろうか

それで結局どうなるんだろうか

 

別に真面目だからいろんなことをしているけど

いつ死んでもいい。

どこに所属していても、いつやめてもいい。

ただ、その理由ができないからそうしないだけで、

一生その気持ちを持たないことはないだろうと思う。

その気持ちが自己犠牲からくるものかもしれないと、少し前に気付いたけど

それならどうして生きているんだろうかと思うけど

そんなことはみんな思ってきたことで

それでも命を繋げてきたわけだから

生物の目的は子孫を残すことで

それだけが明らかに示されたことで

でもこんな恋愛至上主義のなかで相手をみつけることができない

子供を産んで育てれば死んでいいのに